”差し入れ” という名の コンタクトをとる 女の子は 毎日 かなりの数に のぼる

「本物のししゃも、なんて言ってる割には 随分 子供だましのモンに喜ぶんだな」
「はい、好物ですから」

俺の場合は その半分以上が 宍戸さんへの ”託け” という 仲介役で
ラリーの合間 タオルで 汗をぬぐう頃 「すみません!」 と 声をかけられるのは 
決まって俺だった

「ったく なんで断らねーんだよ!」

良かれと思う気遣いでも 結果 練習の妨げになる迷惑行動が 分からない奴は
きっぱり シャットアウトすべきだ と 宍戸さんが ギャラリーを一瞥すれば
それは かえって 彼女達の気持ちを高ぶらせ 歓迎の意味になっているのが現状

「でも俺は空腹を免れて いますから」

甘いものがそんなに得意ではない 宍戸さんには 気持ちさっぱりめの 差し入れが多い
まだ そのもの に 出会ったことはないけれど ひそかに それにちかいものが 届くと
思わず パッケージを調べる俺を 哀れみ半分 実用性半分
宍戸さんへの おやつの その殆どを 俺が持ち帰らされている内情を知ったら
さぞかし 宍戸ファンの人達は がっかりするだろう なんて 思いながら
俺は 次の練習のメニューを 予定通りこなすために 振り向いた ジャストタイム

―― 見かけない 女の子が 俺の 視界に飛び込んできた



はて、と漠然とみやったそのとき

「鳳君、いつもご苦労様」
「いいえ。 お預かりします」
「あ、こっちは 長太郎君も食べてね。 ささやかながら日ごろのお礼」
「ありがとうございます」

ようやく 目的を果たせると踏んだ 数本の手が すかさず 俺の腕へと
山のように包みを 積み上げていき そのギャラリーに対応している わずかな時間のあと
次に さっきの 女の子が居たほうを チェックしたときは
ただ コートを囲う防風林が 風に揺れているだけだった

―― 誰、だろう?

明らかに 目が合ったとは 確かで 多分 あのタイミングなら 俺が彼女を見つける前に
彼女は こちらを 見ていた そんな感じ

…… 宍戸さんへ 渡したかったのかな?

だったら 他の人たちみたいに気軽に声をかけてくれればいいのに
と 思った瞬間 みかけたのは 何秒もない 程度だったのに
 
どことなく 寂しそうな目をしていた 彼女と 彼女が手にしていた 
俺が 長く拘ってる ものらしき 映像が 克明に脳裏に浮かんだ

いや、違う ミーハー じゃないんだ

だから 様子を伺うように 遠慮するように 上背のある俺の視界からでなければ
見落としてしまう様な場所から こっそり 見つめていたんだ


だけど あの子 ―― どこかで……。


それからの 俺の練習は 散々な有様 ダブルフォルトの連続に
宍戸さんからは 集中していないと 注意をされ 更に 具合が悪いのか 問い詰められ
まさか 夢か幻か 定かじゃない女の子が気になって、なんて
うまく  返事が出来ない俺は 不可解そうに唸る先輩の機嫌を 少し損ねてしまった







どうにも なにかが 引っかかっている 気持ちを抱えたまま 数日経過した 日曜日
祖母孝行にと 久しぶりに訪れた 教会で 俺は 「大きくなりましたね」と
幼い頃 聖歌を 懇切丁寧に 教えてくれた 司祭様に 声をかけられた
「ご無沙汰しています」 懐かしさに急かされて 足早になった 俺は 強引だったのだろう
狭い入り口の段差に軽く躓き 前を行く女の子に ぶつかってしまった

「っきゃ」「ご、ごめんなさい!」

彼女のバックから 小さくも鈍い音をたてて堕ちた包みを 拾おうと しゃがむと
慌てた その子は 奪うようにその 長方形の箱を手で隠したけれど
とうてい 女の子の掌に収まるはずのない大きさの その ”御菓子” のパッケージは
数日前の放課後 練習の合間に見かけた 女の子が 手にしていたものに 酷似していた


「あ、あの もしかして、君」
「……… はい」

うっすら 靄(もや)がかかったような 遠い記憶が この 礼拝堂の端々から 蘇ってきた


日曜学校と女の子とビスケット
ビスケット
割れた…ビスケット


「…あ、ねえ」
「はい」
「君、…ちゃん? そうだよね、幼稚舎でも一緒だった」
「………お久しぶりです、長太郎君」


熱心な信仰を持つ 互いの祖母に連れられて 日曜学校に来たのが
彼女と俺の 出会いで
偶然 同じ氷帝幼稚舎で2年間 同級生として 平日も共に過ごしたのだけど

確か そう 初等部に入学する直前の春休み ―― 


「”ちょたろー” くん、これ あげる」
「え、いいの? ビスケット いつもは だめっていうのに?」
「うんとね。 きょうは とくべつ」
「そう…?」


パリンと 半分に割って せーの!で ほお張ったビスケット
それが ちゃんとの 最後の記憶で 最後の思い出
氷帝指定のランドセルを ちゃんが なかなか 買おうとしなかったことや
小学校になれば ボーイスカウトに 入れることを 相談しても 返事をもらえなかったことや
氷帝の校舎にも 週末の礼拝堂にも どこにも現れないこと
全ての謎が解けたのは
ちゃんが 事情があって 東京から離れたという 話を知った
小学生で 初めての 夏休みを迎えた頃だった

6歳になって突然 好きになった ビスケットの味を見極めることに 俺は 躍起になり
それは 年端の行かない 俺が ちゃんを 忘れないため
 行き着いた足掻きの方法
結局 ちゃんに 分けて貰った あの味の ビスケットを 見つけることは 叶わないまま
いつのまにか 過去のこととなり ちゃんが きっかけだった ビスケット好きも うやむやになり
最近は 先輩からの おこぼれの差し入れに 似たようなお菓子を見ると
何か 大切なものを 忘れてしまっているような 得体の知れない 物足りなさを感じていた



「日曜学校(ここ)には、良く、来てたの?」
「いいえ。 祖母が療養となってからは…遠のいてしまって」
「………え」


のほほんと 初等部で バイオリンとピアノに夢中になっていた 俺とは 違う
ちゃんは  小さい胸に たくさんの 悲しみを抱えて 頑張っていたはずだ


「しばらく 東京を離れる、ってそれが どれくらいか あの頃の私には分からなくて」
「うん」
「だから ちゃんと さようならも言えなくて。 唯一の想い出が こんなもの…」

ビスケットさえ持っていれば 長太郎君を 忘れないで済む気がした、 と 俯いたその目は

「ね、来ていたよね? この前。 テニスコートに!」
俺が 気になって 仕方がなかったのは 目が合ったのは 興味本位の見学じゃないって 分かったのは
―― ちゃん、だったから なんだ





「二人とも 良く来てくれましたね」

記憶より 白髪が目立つようになった 司祭様が 俺と話すちゃんのことも 思い出したらしく
「おばあさまの 歌声に 似てきましたね」 きっと いつも 貴女の傍に居てくださるのですね、と
彼女に笑いかけると 「はい」 と 頷いた ちゃんの横顔は とても綺麗で ――
あの日 ビスケットを 半分こした はにかんだ面影にも 重なった









「ナイスサーブだ、長太郎!」
「ありがとうございます、宍戸さん」

なんだおまえ やけにすっきりした 顔してるな と 先輩に 分かりやすい奴だと 笑われた俺は
「じゃあ、休憩するか。 ただし、10分きっかりな!」 
色気づきやがって、と 先輩が見る方へ 俺も視線を向けると 約束どおり 
ビスケットを 2パック抱えた ちゃんが 防風林の脇から ちょこんと顔を出した



「―― あ、制服…それって…」
「うん。 父が 氷帝の編入 許してくれて…」
「なら!」
「ええ」


やったーと 俺は まるで 子供みたいなはしゃぎよう 折角 こっそり落ち合ったのに
俺の飛び上がらんばかりの大きなリアクションで ギャラリーは 一斉に 何事かと こちらを向いた


「ったく …。 で、 おめーら 手に持ってんのは なんだよ!」
しょうがない、という表情で 面倒くさそうに 帽子を被りなおした 宍戸さんが
俺とちゃんのため ギャラリーに 声をかけ
みんなの視線が 先輩に移った隙を見て 俺は ちゃんを 抱きかかえた


「っきゃ」 「よかった」


パリン と そのとき鳴った音は 彼女が持ってきてくれた ビスケット
俺が 彼女を抱きしめたために 粉々になった欠片が 新品のシャツに ばらばらに とりつき
瞬間 幼稚舎の頃 二人で じゃれて 泥んこになり 先生に 汚しすぎだと とがめられた
そんな とっくに 忘れていたの 想い出まで 蘇ってきた


「また はんぶんこ してくれますか? 長太郎君」
「もちろん!」


今日は いや 今日からは 練習も 近くで観てよ と ぎゅっとすると
おろしたての制服が 皺だらけになると 小さく抵抗する そんな ちゃんを 
もう二度と ―― 俺は 失いたくないと 強く思う


あの日 二つに分けた ビスケットは 再び 俺たちを 一つに 繋いでくれた











end by まるな

「一話入魂」様へ 投稿させていただきます。
こっそり 二人の門出をアシストする 宍戸君は 
しばらく ギャラリーの相手を一気に引き受けることに?(笑)
ここまで お読みくださいまして ありがとうございました。