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        | 沈みかけた夕焼け色に 
 
 
 
 
 
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        | 「あ・・・」 
 
 宍戸さんとのランニング途中、別に見ようと思って見たわけじゃなくて、まして居るかななんて期待交じりに探したわけでもなくて、何の気なしに上げた視線。その先、教室の窓にさんの姿があった。無意識のうちにその姿を探し追っているんだから、相当俺はさんに惚れてるんだと思う。
 宍戸さんは止まった俺の足元を見てペースを落とした。それから俺の視線の先を確認するようにぐるりと首を回して校舎を見上げ、深く溜め息を吐く。
 
 
 「おまえなぁ」
 
 
 でも宍戸さんの言葉はそのまま続かなかった。
 
 今までは、「いい加減諦めろ」だとか、「お前じゃ勝ち目は無い」だとか、酷い言葉を(でもきっとそれが宍戸さんなりの優しさなんだ)言われてきた。
 俺が大好きなさんは、跡部先輩のことが好きで、それは俺も宍戸さんも、跡部先輩も知っていた。ただでさえ人望厚くて、格好良くて、テニス部の部長で、その上さんが跡部先輩を好きなんだ、俺に勝ち目が無いってことくらいわかってた。
 
 
 でも。
 
 でも先週、跡部先輩にはさんじゃない3年生の彼女ができた。
 
 
 男子アイドルって、結婚するとファンの数の0がひとつ減るんだって。さんがそんなに直ぐ気持ちを切り替えちゃうような人じゃないってのはわかってたし、さんの気持ちがそんなに軽いものじゃないってのは、さんをずっと見てきた俺が誰よりわかっていたけど。
 でもこれで俺が諦めなきゃならない理由もなくなって。微塵も見出せなかった勝ち目だって少しだけ神様が俺の味方をしてくれて。さんが傷付くのは嫌だったし、俺だって辛いけど、俺は跡部先輩の恋愛を心の底から応援していた(さん、ごめんなさい)。
 
 
 「もう二度と負けないって言ったの、宍戸さんですよ」
 
 
 こんな色恋に対してじゃないけど。
 俺がそう言うと、引き止める術を失った宍戸さんは再度深い溜め息を吐いた(幸せ逃げますよ、宍戸さん)。それから口元を綻ばせて、俺はその宍戸さんの表情に強く頷いた。元から跡部先輩以外に、さんが好きだって言う人以外に負ける気なんてしてなかった。
 さんが待つ(・・・待ってなんかないけど)3年生の教室までの最短距離を走る。何キロって距離を走るランニングよりも息が切れた。
 
 
 「さん」
 
 「・・・?! ・・・・・・鳳くん?」
 
 
 静かに呼び掛けたつもりだったんだけど、急に聞こえてきた声にさんは大袈裟じゃないかってくらい派手に振り返って、目を丸くして俺の名前を呼んだ。
 
 
 「何を、見てるんですか?」
 
 「鳳くん、部活は・・・?」
 
 
 俺の質問にさんはまったく違う質問を返す。さんが立つ窓際へ足を進めてみたけど、やっぱりここからテニスコートは見えなかった。
 
 ただ、眩しいくらいの太陽が俺たちの居る教室を照らす。
 
 
 「さん、俺ここまで来ますよ?」
 
 
 さんの方を向いてそう問うと、さんは少し眩しそうに目を細めた。何を言っているのかわからないと言わんばかりに短く、・・・え? って聞き返してきて。俺の瞳にも、眩しいくらいに輝くさんの姿が映っていた。
 
 ここからテニスコートは見えない。
 
 
 ここから、跡部先輩の姿は見えない。
 
 
 「俺は、さんのところに来ます」
 
 
 教室から見える空は眩しくて、外には何も見えなかった。ただ俺の目にはさん、さんの目には俺。お互いの姿だけが見えていて。俺はそれがどんなに嬉しかったか、今まで跡部先輩の姿しか追い掛けていなかったその瞳に自分がいることがどれ程嬉しかったことか。
 
 
 「だから、次は俺を見てくれませんか」
 
 
 たぶんまださんは跡部先輩を追い掛けているんだと思う。だからきっと、今さんの頬が少し赤く見えるのは、全て俺たちを照らす太陽の所為だ。それでも。
 
 
 それでもさんは、夕焼けの所為で頬が赤く染まってしまっている俺を、少しだけ申し訳なさそうに真っ直ぐ見てくれた。
 
 
 今すぐ跡部先輩を忘れてくださいなんて言えないし、今すぐさんを幸せにしますだなんて言えない。本当は悔しいくらいに綺麗に俺たちを照らすこの夕焼けをバックにひとつのシルエットを作って、そりゃあもう凄い少女漫画みたいなシーンにしたかったんだけど、俺はそれをぐっと我慢した。
 
 ようやくさんが俺を見てくれる。
 
 絶対に負けない、そう心に誓って俺はさんの少しだけ染まった頬を目に焼き付けた。
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        | written by Plus.n 最初に考えていた夕焼け色と随分変わってしまいました(汗)
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