にっこり笑って差し出された無駄の無いノートはまるで君の様だった。
───事は、五分前に遡る。
「あ‥しまった」
俺は、昨日出された宿題をやり終えたノートが部室にある事に気付いた。
気付いた時には既に授業が始まる五分前。
二年の教室から部室まではかなりの距離があるので、
到底間に合う訳が無く諦めた俺は渋々自分の席で項垂れていたんだ。
「どうしたの?」
項垂れた様子を見兼ねてか、隣の席のさんが声を掛けてきた。
────
優しくて、思いやりがあって、それでいて誰にも分け隔てなく接する事の出来る子。
誠実で、聡明で、純粋で、だけれど自分をしっかり持っていて芯のある子。
任せられた仕事はキッチリこなし、責任感のある子。
物事の判断力や観察力があって、的確な判断が下せて自分の意見を言える子。
例え自分がどんな立場に置かれようとも、人の事を守り通す子。
困ってる人を放って置けなくて、必ずその人の為に出来る事を一生懸命してあげる子。
俺の、想い人だ。
「宿題のノートを部室に置き忘れて来ちゃって‥‥」
情けなくそう言うと、さんは何かを考える様な素振りを見せてからパッと微笑んだ。
「私のノートで良かったら貸してあげるよ」
にこっと微笑んだままの彼女に俺は慌ててブンブンと首を横に振った。
「そんなの、さんが困るよ」
俺が言い終えるなりさんはブンブンと首を横に振って俺のマネをした。
そして悪戯っぽくはにかむと(可愛い!可愛すぎる‥!!)言った。
「大丈夫。私、授業用と家で使う用で同じ内容のノート二つ作ってるから!」
「今日はたまたま持って来ちゃったみたい」と話すさんに俺は感心した。
なんだか、さんらしい。マメというか、勉強熱心と言うか‥‥
何時もテストの度にさんが学年トップを取る理由が少し、分かった様な気がした。
結局、さんに甘えてノートを借りる事になった俺。
と、言う訳で現在に至るのだった。
パラリ、と軽くページを捲ると俺は感嘆の声を上げた。
凄く、流麗な字だ。それはもう、書道の先生と並べる位に。
それに、先生の授業を受けるより、このノートを見た方がはるかに分かりやすい。
単元一つ一つの要点だけを絞って、しかもそれを細かく分析して書いてある。
良く見てみれば、先生がさり気無く口にしていた重要ポイントまで!!
黒板に書かれていなかったのに、良くここまで書けたものだ。
「すごい‥‥」
思わず口から零れた言葉に、さんは微笑んだ。
「ありがとう。私、そのノートは結構頑張って書いてるんだ」
少し照れくさそうに笑んださんは、やっぱり綺麗だった。
無駄の無い、カラフルなノート。
それは、まるでさんの様だった。
その空いた空白のスペースに、俺はこっそりシャーペンを走らせた。
キ ミ が 好 き
何故だか、無性に書きたくなった。
それは、俺がさんに直接言えない言葉。
それをさんのノートに書いて少しでも進歩した事を実感したい俺の自己満足だ。
言葉には出来無いけれど、どうせ後で消してしまうけれど。
せめて、文にだけでも。せめて、少しの間だけでも。
俺の存在を、君に刻みたいんだ
バクバクと波打つ鼓動が、煩い。
さんに比べてやや角張った俺の字の羅列が、真っ白なノートに並んだ。
それだけで、幸せな気持ちになれた。
俺は、ノートの書き込みをそのままにルーズリーフにさんのノートの内容を書き込んだ。
「ありがとう。ごめんね、本当に助かった」
俺がノートを手渡すと、さんは「どういたしまして」とやっぱり笑った。
こうして、俺は無事宿題忘れを逃れ、始まったばかりの授業に集中した。
カシャン、と音がして俺は首を横に向けた。
どうやら、さんがシャーペンを床に落としたみたいだった。
そこで、俺はさんの異変に気付いた。
さんの顔は真っ赤に染まり、
視線は未だコロコロと床を転がってゆくシャーペンに注がれている。
どうしたんだろう?
俺はサッと椅子から立ち上がり、シャーペンを手に取るとさんに渡した。
「はい」
さんはちょっとビックリした様に目を丸くすると、更に顔を赤らめた。
「あ、ありがと‥‥」
少しぎこちなくそう言うと、
さんは「これ‥‥」とさっき貸してくれたノートを俺に渡した。
そのノートはあるページが開かれていた。
これが一体どうしたというのだろう?
俺はページ全体を見回し───ある文が視界に入った。
「‥‥あっ!」
それが分かった途端、俺は授業中にも関わらず大きな声で叫んでしまった。
「どうしたの?鳳君」
「い、いえ‥‥何でもありません‥」
教師はまだ怪訝な表情をしていたけど、直ぐさま俺から視線を外し授業を再開した。
そのページには俺が先程消し忘れた書き込みがあった。
やばい。どうしよう‥‥!!!
さんに見られたよな‥‥そうで無かったらわざわざ俺に見せてこないよな‥‥
そこで、俺はそのページの違和感に気付いた。
良く見ると、俺の書き込みの直ぐ近くに其処だけ随分筆圧の弱い薄い字で文が書き込まれていた。
私 も キ ミ が 好 き で す
「これって‥‥」
何度も見直したけれど、間違いなくさんの字だった。
やばい。俺の顔が急速に熱を持っていく事が自分でも分かる。
嬉しい様な、恥ずかしい様な、だけどやっぱり嬉しくて。
不意に、さんと目が合って‥‥二人で微笑んだ。
これから又キミが好きだと自覚した時の様に、
なかなか寝付けない日々が続きそうだと、思いながら。
真っ赤に染まった俺とキミ
二人の恋は、まだ始まったばかり
ノートに刻んだ恋心
未熟ながらも、最後まで楽しく書かせて頂きました。
何だか文章が無駄に長い上、長太郎が物凄く乙女チックに‥‥。
本当に有り難う御座いました!!
企画者のえびび丸様と、読んで下さった皆様へ最大の感謝を込めて。
H.19.2.4 不知火 紫杜祢