俺の彼女は、とても可愛い。笑った時の顔なんて、もう最高に輝いてる。
だけど、俺が「可愛い」とか「綺麗」と言う度に、彼女は困ったような顔をする。良く見ないと分からない程、一瞬。
それとも、俺が気付かない内に失言してるのかな。
分からない…。分からないよ、さん。
――little love mystery.――
練習が終わると、当然の事だけど日が暮れている。いや、暮れるよりも沈んでいる。
部室で話しながら着替えてる先輩たちを尻目に、急いで着替えた。挨拶もそこそこに部室を飛び出すのがいつものパターン。さんは、いつもこんな暗い中で俺を待っててくれているんだ。
そう思うと嬉しくて、足がせわしなくさんの待つ校門に向かって動く。
見覚えのある人影。早く近くに行きたくて、つい、走りだした。
「さん!」
呼び掛けると、いつもの柔らかい笑顔でこっちを向いてくれて、俺の落ち着く声色で言葉を発してくれる。
「お疲れ。そんなに走らなくてもいいのに」
「いや、走らなきゃ。さんが待ってくれてるんだから」
「ありがと……」
眉を少しハの字に寄せて、困ったようにさんが笑った。
照れてるんだ、きっと。
お互いに笑いあって、どちらからともなく歩き出す。
本当に笑った顔が可愛くて、口をついて出た。
「可愛いなあ。さんは」
そしたら、彼女の顔が寂しそうに歪んだ。また、いつもの様に困惑を纏って。さっきまでの可愛らしい類の困惑とは明らかに違う。
だけど、すぐにまたいつもの顔に戻った。
いつもさんが、こんな顔をする度に、頭の中にしこりが残る。何でさんは、普通、女の子が言われたら嬉しいだろう言葉で、笑顔を曇らせてしまうんだろう。
考えるほど、どんどん糸口は増えて、増えすぎて選択出来ない。どれも有り得るし、かといって外れたら見当違いにも思える。
「……ごめんね」
「え?」
「きっと私、変な顔してたから。困らせちゃったでしょ?」
参った。思考のどつぼに陥りつつ、俺はしっかりさんを心配させていた。
容易く答えが掴めない、人の心の問題。きっと……。
「ううん。俺も考え事してて、すごい顔してたと思うから……」
「そうだね。難しい顔してた」
「そう? さんの事を考えてたからかな。中々答えが出ない難問だよ、確かに。さんって、中々鋭いよね」
「……もう。そんな事、何で、すんなり言えちゃうの?」
「何でって……本当にさんの事を考えてたから……。言ったらいけなかったかな?」
「そんな事ないけど……」
彼女は大変に頬を紅く染めて、こちらを少しだけ見る。視線には、少し抗議じみた感情を混ぜている様にも見える。
その視線を痛いと感じないのは、俺が彼女を好きで、彼女が俺を好く思ってくれているからだろう。
だからこそ、一瞬の悲しそうにも見える顔が気になる。
付き合ってから、ずっと考えてた難問。
どうしても解が導き出せない時は、出題者に聞いて、分からない所を胆に銘じておけばいいんだ。
よし、折角こういう話題が上ったんだ。今日こそ聞こう。
「さんは、何で“可愛い”とか“綺麗”って言うと困った顔をするの? 俺、言う度に何かしてるかな?」
「……鳳君は、何もしてないよ。私の所為なの」
「さんの?」
「うん。私の考え方の問題」
そう言って、さんは俺を困った顔で見上げた。
いつも疑問を感じる、悲しそうな困った笑顔。
「“諸行無常”」
「え?」
「変わらないものは無いって事じゃない? って、説明しなくても意味は解るか……偉ぶって、ごめん。外見なんて、髪型を変えたり私服を着たら、すぐに変わっちゃう。顔なんて、お化粧をする様になったらもっと変わっちゃって……鳳君好みじゃ無くなるかもしれない」
さんの、あの顔の裏には、そんな事が隠されていたとは露ほどにも思ってなかった。
それを知らないで、俺は無神経だったかも知れない。気付けなかった事に少し沈んだ気分になると同時に、聞けて良かったとも思う自分も居る。
さんは、俺が沈んだのを悟ったのか、焦った様に付け加えた。
「勿論、嬉しいんだよ!? ただ、言われ慣れて無いし、鳳君以外に男の子から言われた事なんて本当、あまり無くて。……裏を返せば、外見に自信が持てないって事なの。」
そんな事ない。世間一般や他の人間の評価は分からないし、知らないけど、俺にとってさんはとても可愛く映る。
と、言いたいけど、こんな陳腐な台詞をそのまま言っても、彼女に信じて貰えるかどうか……。
俺が、次の言葉を思案している間に彼女が口を開いた。また彼女に気を遣わせてしまったのか。
「……だから鳳君をもっと知って、自分の中身も磨いて、外見以外にも目を向けて貰える様に成りたい」
さんは、そう言うと目を細めた。
今はさっきの悲しみは引っ込んだらしく、優しい笑顔のさんだった。
「……可愛いなあ……。あ!」
しまった。折角、さんの口から不安な事を聞けたのに。
聞いたそばから、またやってしまった。
仕方ないと自分に言い訳をしてみる。だって、本当に可愛かったんだ。
でも、さんの顔は、一瞬たりとも曇らなかった。
それどころか、清々しささえ伴っているかも知れない。
「大丈夫だよ」
「困らないの?俺、多分これからも、可愛いって言っちゃうと思うんだけど」
「いいよ。話したら、なんだかすっきりしたし。今までみたいに、変な顔はきっとしないよ。それに、私が自信無いって思ってる事を、何となく気付いててくれて嬉しいんだ」
彼女は「ありがとう」と付け加えて、更に「でもね」と次の言葉を発する。
その顔には、「でも」を払拭させるくらいの明るさが伴ってる。
「男女の間には、ある程度の謎が必要だって言うけど……きっと今ので無くなっちゃったね。どうしようかな」
今度は悪戯っ子みたいな顔をして、さんが首を捻った。
だけど、その問題はおそらく杞憂に終わると思う。
きっと、君自身が謎なんだから。
要らない心配をするさんに対して、驚きと敬愛とありがたさを感じていけると思う。
それはきっと俺なんかには考え付かない程、可愛らしくてささやかな論点なんだ。
さんが繰り出す小さくも愛らしい恋の謎は、これからも降って湧いては、俺達の理解を深めてくれる。
そして、理解しても分かる事の出来ない謎も出てくるかも知れない。そんな謎でさえ待ち遠しいって言っても信じて貰えるかな。
俺もさんを分かりたいし、さんには俺を暴いて欲しい。
そんな願いと勇気を込めて……。俺はさんの手にそっと触れてみた。
【編集…08/04/23 有希】
……彼は頭も良く、人の心には気を遣うと思われます。思春期の“自信の持てなさを肯定して頂く”が此話を書いていた時のコンセプトで、“十人並みでもイイじゃない”がmottoです・汗。